インフォメーション      矢巾の五郎沼と古代蓮    7月28日更新                         

囲いの中の蓮は八百二十年前五郎沼に咲いた古代蓮です。
平泉の中尊寺には藤原清衡、基衡、秀衡の三人の遺体と泰衡の首がミイラとなって安置されています。これは昭和25年の学術調査で確認されました。
泰衡の首桶の中から蓮の種子が見つかり、調査団の関東学院大学故大賀一郎博士が研究用に持ち帰り保存していたものを、教え子の恵泉女学園短大の長島時子教授が生命工学(バイオテクノロジー)で平成六年に発芽させ平成十年開花。五年がかりで栽培にこぎつけ、平成十一年中尊寺に移植し初めて開花させたことが大きな話題として報道されました。この蓮については、平成十二年九月の五郎沼薬師神社例大祭に中尊寺の千田孝信貫首さんが出席され、次のように話されました。
『文治五年(1189)、源頼朝が二十八万四千騎の兵を引き連れて陣が丘蜂神社に陣を敷いていました。
そこへ泰衡の首が届けられました。泰衡の首は頼朝の実検のあと長らくさらし首にされていましたが、その後ひそかに祖父母たちの眠る中尊寺に安置されました。
その時、首桶の中に泰衡と親戚関係にある樋爪氏の五郎沼に咲いていた蓮の花を、五郎沼ゆかりの婦人の手で手向けられた蓮が種子となり、八百年経ってよみがえったものです。』

この蓮は平成十四年五月二十八日中尊寺から株分けされ五郎沼の池に移植されました。

※平成十四年五月 箱清水公民館  (※池の側にある案内板から)









 
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